奈良は雨の少ない盆地と言われている。それでも今年は早めに梅雨入りし、曇りがちの日々が続いていた。西大寺境内も、ツツジは影をひそめ、紫陽花が目立ってきている。東門を入ってすぐの塔頭の前に、三色の紫陽花が爽やかな色合いを見せる。来年に向けての準備か、小ぶりの紫陽花が通路に沿って何ヶ所か植えられている。間を縫って、冬に鮮やかな朱色の実をつける南天の白い花が最盛期だ。
愛染堂の前に西大寺中興・興正菩薩叡尊お手植えと伝わる菩提樹が2本植えられている。菩提樹が満開と伝え聞いて訪ねた。花は小さく、淡い黄色。たくさんの実ができて、数珠玉になる。釈迦が悟りを開かれたのは、インドボダイジュの下で、その木は、熱帯の地にしか育たないそうだ。喜光寺に一本インドボダイジュが植えられているのを何年か前に見たが、なかなか大きく育たないようだ。
愛染堂から大師堂に抜けると、木々の繁みの中に白と紅色の夾竹桃。遠い昔国道一号線の近くに住んでいた。大きな工場沿いに赤い夾竹桃の花が咲いていたが、「妙に薄汚れた木と花」の印象が残る。この木が公害に強い木で、排気ガス等を吸収浄化する機能があると後年知った。排気ガスも粉塵もない西大寺境内の夾竹桃は、爽やかに咲いている。横を通る人間の、心の害毒を吸収浄化・・・は無理だろうか。緑に埋もれて、薄緑の紅葉がこれも薄紅のプロペラを隠している。プロペラと勝手に思い込んでいたら、「翼果(よくか)・種子」だそうで、茶色く乾燥ののち風にのって旅立つ。
振り返ると灰色の空、塔跡の向こうに本堂の大屋根がたいらかに広がる。 若山牧水と同じ頃の歌人 尾山篤二郎の塔跡での歌
「塔(あららぎ)の あとの礎石に 腰をおろし 石間に生ひし かたばみを見る」
まだ塔跡に登ることができた頃なんだろう、いまも変わらず人影まばらな風景が浮かぶ。 本堂の右手奥がトイレ。その先に西大寺にはめずらしい巨木がそびえる。奈良市保存樹指定の立て札がある。幹周り4、2m、高さ23、5mのケヤキである。トイレに来なければ気づく人も無い。
南門近くの小さな池の社は清瀧権現(せいりょうごんげん)、「善女龍王(ぜんにょりゅうおう)」真言密教守護の神様。池のそばに真鴨の雌が2羽休んでいた。平城宮跡か、秋篠川、佐紀古墳群あたりから飛来したのか。白鷺を見かけたこともある。
柔らかな緑から濃い緑色に変わリゆく樹々。今年もはや半分を過ぎた。